ジョージ・ベスト氏、永遠に

ジョージ・ベスト氏、永遠に

2005年12月 3日に、11月25日ロンドンの病院にて多臓器不全で病死したジョージ・ベスト氏(享年59歳)の葬儀が、生まれ故郷の北アイルランド・ベルファストで行われた。
雨の中、数万の市民が街頭で伝説的な選手ジョージ・ベスト氏に別れを告げた。

ジョージ・ベスト氏の棺は、市内の自宅を出発しストーモント議会議事堂まで約 5kmの道のりを行進。
棺が乗った車を市民(約7万〜10万人)が沿道で見送った。
葬儀には、古巣マンチェスター・Uファーガソン監督、イングランド代表のエリクソン監督、サッカー関係者らが参列。
この模様は、英BBC放送が生中継した。
葬儀終了後、ジョージ・ベスト氏の棺は故郷の北アイルランド・ベルファスト郊外のローズローン墓地にあるベスト家の墓、母親のアンの隣に埋葬された。

Google Video:george best
動画George Best Tribute
サイト【You Tube】

1960年代,マンチェスター・U黄金時代をFWボビー・チャールトン、FWデニス・ローと共に支えたジョージ・ベスト
1968年にはバロンドールを受賞している。
2005年11月28日のバロンドール50年目という記念すべき日に、バロンドールを受賞したMFロナウジーニョ。
その受賞日には、ジョージ・ベスト氏に対する追悼の時間も設けられた。


ベスト氏は当時のトロフィーを手放しているため、主催者側が遺族に贈るためのレプリカを用意。
マンチェスター・U時代のチームメイト、キャノンシュートのボビー・チャールトンとジャックナイフヘッドのデニス・ローの両氏がトロフィーを受け取った。
「彼は常にスピリット溢れる、すばらしいプレーヤーだった。ここに集まったみなさんの心遣いを彼もきっと喜んでいるだろう。」と、ボビー・チャールトン。

たしか、マンチェスター・Uが1998/1999 UEFAチャンピオンズリーグで優勝しトヨタカップで日本に来日した時にジョージ・ベスト氏も来日し、TV中継のゲストとして明石家さんまさんとトークしていた様な記憶が・・・。
明石家さんまさんも一番好きな選手にジョージ・ベスト氏を挙げていたような・・・。

プロテスタント系とカトリック系の紛争が続いてきた北アイルランドで、プロテスタントの労働者家庭に生まれたジョージ・ベスト氏。
しかしジョージ・ベスト氏は、宗派を超えて愛された。
また、サッカー好きとして知られるブレア英首相からもコメントが出るほどの英サッカー界のスーパースターだ。
プレーも素晴らしかったが、アイドルもとして国民的な人気を集め「5人目のビートルズ」とも呼ばれた。
マンチェスター・Uでの輝かしいキャリア、しかし酒に女と乱れた私生活のおかげで滑りやすい坂をどんどん落ちて行ったが、サッカーファンには愛される選手だった。

これだけのカリスマ性を持った選手はなかなかいないと思う、私自身マラドーナよりも好きだし・・・、あぁ〜残念。
背番号7ジョージ・ベスト、心よりご冥福をお祈りいたします。


2005年12月04日 | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー
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